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鶴山公園 in 岡山県津山市

■2010年4月3日(土)
日本の歴史公園百選(平成18年10月27日)、日本さくら名所百選(平成2年4月6日)、国史跡 津山城跡(昭和38年9月28日)に指定されている鶴山公園。訪れたいのはやっぱり春爛漫のの季節。城の石垣を包む約1,000本の桜は圧巻です。津山さくらまつり開催中のこの日、ちょっと肌寒い日でしたが、桜は”もうすぐ満開”という見頃、大勢の観光客で賑わっていました。2005年に復元された備中櫓が桜の季節にはいっそう映えます。
鶴山公園の桜 鶴山公園の桜

鶴山公園の桜
鶴山公園の桜 鶴山公園に桜を植えた人 福井純一
鶴山公園の桜 鶴山公園の桜
鶴山公園の桜 鶴山公園の桜

津山城跡(現地案内文より)
国指定史跡(昭和38年9月28日指定)
津山城は、もと山城のあったこの鶴山の地に森忠政が慶長9年(1604)に起工し、元和2年(1616)の完成まで13年の歳月をかけて築いた輪郭式の平山城です。往時には五層の天守閣がそびえていましたが、この天守閣は弓狭間・鉄砲狭間・石落し等の備えを持ち、唐破風・千鳥破風等の装飾のない実践的なものでした。また、本丸・ニの丸・三の丸には、備中櫓をはじめ、粟積櫓・月見櫓等数多くの櫓が立ち並び、本丸には70余の部屋からなる御殿と庭園がありました。この城が築かれた当時は、わが国の築城技術が最盛期を迎えた時期にあたり、津山城の縄張りの巧妙さは攻守両面において非常に優れたもので、近世平山城の典型とされています。明治6年(1873)廃城令によって城郭は公売され、翌7年から8年にかけて天守閣をはじめとする一切の建物が取り壊されましたが、豪壮堅固な石垣は残りました。その後、明治33年(1900)城跡は鶴山公園として津山町の管理となり、昭和38年に国の史跡に指定されました。
<歴代城主>
(森家)
森家は清和源氏で、初代津山藩主森忠政は、美濃金山城主森可成の六男に生れました。慶長8年(1603)徳川家への数々の武功が認められて、信濃川ナカシマ13万7500石の大名から美作一国18万6500石の大名に抜擢されました。この忠政は、本能寺の変で主君の織田信長とともに壮絶な最後を遂げた森蘭丸末弟にあたります。森氏は四代95年にわたって美作国を治めましたが、四代藩主長成に嗣子がなく津山森藩は改易となりました。その後、森家は二代藩主長継の子長直が備中西江原藩主として森宗家を再興し、さらに宝永3年(1706)播磨赤穂に移りました。
(松平家)
森家にかわり10万石の大名として新たな津山藩主となった松平○富は、徳川家康の第一一子○城(松平)秀康の曽孫で越前家と呼ばれ、徳川一門中に重きをなしていました。そして明治4年(1871)に廃藩となるまで、9代174年にわたって続きました。
森忠政公
森忠政公(1570〜1634)
桜と菜の花
桜と菜の花
太鼓ヤグラ跡
太鼓ヤグラ跡
鶴山公園の桜 鶴山公園の桜 鶴山公園の桜
鶴山公園の桜

鶴山公園の桜
鶴山公園の桜 鶴山公園の桜

鶴山公園の桜
鶴山公園の桜 ミニ動物園のくじゃく

ミニ動物園のくじゃく
ミニ動物園のくじゃく
鶴山公園の桜 鶴山公園の桜
鶴山公園の桜 鶴山公園の桜
鶴山公園の桜
いいなぁ、こういうの
鶴山公園の桜
お疲れ様でした

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